本はぼくを抱っこしてはくれない/なな

 

Auther : なな
Circle : 7’s Library
Twitter : @nano1257
紹介文 : 魔女とぼくのほっこりかわいいファンタジー

 

 

 

 


7 Comments

  1. いぐあな

    もしかしたら、彼は魔女の本に夢中になるあまり、自分の殻に閉じこもってしまったのかな?と。
    これからも沢山抱っこしてお話して貰って、本が戻ってきたら一緒に誰かと楽しさを分け合えるようになれると良いと思います。

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    1. なな

      感想ありがとうございます!
      ふふふ、その視点はなかったですけど読み返して確かにそうかも!と思いました。いぐあなさんの視点はいつもやさしくてあたたかいのに一歩踏み込んできますよね。

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  2. 森村直也

    はがきサイズに適度に配した『見た目』も。
    「そうだ、ぼくこれが~」の一文が。
    短文が続いてこの一文が長く、そしてまた短文となる『見た目』も。
    より、印象づけるようです。

    知識ばかりの『情報』の塊と、情報を超えた感触。
    ふれあいとは、触れ合い。情報だけでは手に入れられないものだと。

    気付いた魔女と、もしかしたら、魔女以外のもっと多くの人々と。
    本には書き切れないもっと多くの触れ合いがありますよう。
    じんわり暖かいお話でした。

    Reply
    1. なな

      感想ありがとうございます!
      森村さんらしい視点で、これ読んでそういえばそうかも!とw
      答え合わせをしてしまうと、「そうだ、ぼくこれが~」の一文は意識して目立たせましたが、その前後が短くなったのは偶然でした。今後の参考にさせていただきます!←
      1本目があれだったので2本目はとにかくほっこり感を総演出したので嬉しいです。

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  3. なな

    (この作品を書くちょっと前に「子育てハッピーアドバイス」という本を読みました。そのイラストで、赤ちゃんがだっこされてるときに「うれしい」「きもちいい」っていう吹き出しがついてるのがあって、それが凄く可愛かったのと言葉にし難い気持ちがあって、そういうのを込めた作品でした)

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  4. 納豆

    はじめまして、こんにちは。納豆と申します。
    去年12月に福岡県で開催された福Ade4さんの委託コーナーで「300字SSポストカードラリー」を頂き、なな様のご作品「本はぼくを抱っこしてくはくれない」のポストカードを拝読致しました。

    お話を拝読して、「ひとりであることを、~くれた。」のところまでは、「ぼく」に共感しながら読みました。
    「それなのに~」からは魔女に共感して読みました。

    「ひとりぼっちのぼく」に「物語を聞かせてくれる」「本」は、ぼくが「ひとりであることを、寂しさを、忘れさせてくれた。」。
    わたし自身、本や読書それ自体もとても楽しくて大好きだけど、ひとりな自分に物語を聞かせてくれ、ひとりでいることの気持ちを忘れさせてくれる、話し相手のような、ずっと自分のこころに一緒にいてくれるような存在としての「本」の存在に、すごく共感しました。話し相手であり、語りかけてくれる相手であり、一緒にいてくれる「本」。だから、「ぼく」の気持ちにすごく共感しました。

    だけど、本自体は大好きだし、読書はとても楽しいし、それはそれで凄く大切だけど…。
    本を求めている時、本に安らぎを感じる時の中には。「ひとりぼっちのぼく」が「本」に「物語を聞かせてくれる。」「ひとりであることを、寂しさを、忘れさせてくれた。」気持ちになったように、そういう安心を求めて本を読んでいたように、おそらく心が貪るように求めて求めて渇望したように。一緒にいて欲しくて、話しかけて欲しくて、本を読んでいる時ってあるなって、自分と重ねて感じました。「誰か」に一緒に話して欲しくて、一緒にいて欲しくて、抱っこして欲しくて、読んでる時の読書は、やっぱり、その先に、「抱っこしてくれる」存在があって。それは特定の誰かであるときも、そうでない時もあるけど。「本はぼくを抱っこしてはくれない」の「ぼく」は、「魔女」に抱っこして欲しかったんだな、ってすごく読んでいて思いました。「ぼく」と私は年齢も環境も違うけど、「ぼく」の気持ちにすごく共感しました。

    「そうだ、ぼくはこれが欲しかったんだよ、魔女。」で、「ぼく」が、本の先に、自分に物語を聞かせてくれる、一緒にいてくれる幸せの先に、この「魔女」の「抱っこ」を求めていたのだと気づいたんだと思うと、すごく、すごく、この「ぼく」はずっと、これが欲しかったんだな、って温かくて切なくて胸がぎゅっとする気持ちになりました。

    そして「魔女」も。
    勝手なイメージですが、わたしは、「魔女」はなんとなく、ものすごく忙しい母親、もう毎日いっぱいいっぱいでとっくにキャパ超えしていて、どうしても、どうしても「ぼく」とずっと一緒に居ることがままならぬお母さんだと感じました。
    「魔女」は直接的に母親でなくても、「ぼく」がずっと抱っこされたいと思っていて、「ぼく」を本当ならずっと抱っこしたいと思っているけどどうしても出来ないひと。そんな存在だと漠然と強く感じました。

    「本はぼくを抱っこしてはくれない」を読み返し、またポストカードの「魔女」という単語を眺めていると。
    「魔女」という言葉に、「存在を創りあげた」「どこが不気味な」「山奥に住んでる」「森の奥に住んでる」「奥に住んでる」「ひとりぼっち」「何かを創った」という印象がなんとなくすごく浮かんできました。(勝手にすみません。。。)

    「神」でも「聖女」でも「特定の誰か」でもなく、名前が呼ばれていない、魔女。
    魔女という言葉に。魔女にも、すごく、すごく物語があって、すごく、きっといろんな思いと環境と状態があったんだとすごく思いました。
    特に「それなのに、魔女はぼくから本を取り上げた。いくら泣いても哀しそうな顔をするばかりで」のところは、私自身は魔女の立場になったことがないけれど、具体的に特定の「ぼく」という存在は私には居ないけれど、ただ読んでいての勝手な想像ですけど、魔女だってきっとすごいこの時、泣きたくて、「ぼく」と一緒にいたいけど、きっと環境も感情も綺麗なことばかりでもなくて、もうすごく一杯一杯で、きっと、「魔女」だって、ずっと一緒にいて温かくて抱っこしてくれて、物語を聞かせてくれて、話し相手になってくれて、ひとりじゃないって感じさせてくれる、そんな「魔女」にとっての「本」であり、「本」の先にある魔女にとっての魔女的な存在、抱擁してくれる人、欲しかったんじゃないかって思いました。

    だから、「ぼく」が「魔女」にようやく抱きしめられて嬉しいって思ってるのに「魔女、もっと抱っこしてよ。そしたら、もう本はいらないから。」って思ってるのに、本来今ハッピーになっているはずなのに、もっともっとこれからも抱きしめて欲しいという強い切ない痛みのような気持ちと、暖かさを、「ぼく」そして「魔女」から感じ、すごく温かくも切なく、どうにか、魔女とぼくが泣かないでいられる環境にならないだろうか、とすごく思いました。

    「ぼく」と「魔女」の話だけど、読んでいると、夕暮れが差し込むワンルームの部屋のイメージがして、すごく、すごく、現代さを感じたし、そして、現代に限らないんだと思いました。

    そして、いろいろこうやって好き放題感想を一方的に書いてすみませんなのですが、改めてポストカードを拝見すると、1枚のポストカードで300字だったんだな、と今はっとして、すると、300字って凄いな、文字って凄いな、本って凄いな…! と思いました。

    本って、物語って、物語を聞かせてくれる本って、すごいですね。
    どこかの誰かが書いた、誰かの何処かの本を、物語を、どこかの誰かで名前もなかった私が今読んでるんだなって思いました。
    ななさまの「本はぼくを抱っこしてはくれない」ポストカード大切にします。ありがとうございます。

    Reply
    1. なな

      はじめまして、こんばんは。
      「本はぼくを抱っこしてはくれない」にたくさんの感想をいただきありがとうございます!

      300字の短い物語からたくさんの思いを読み取り、さまざまな想像を膨らますことができる納豆さまは、とても感受性が高いのだろうなぁと思いながら感想を拝読しました。物語もここまでいろいろ想像してもらえると本望かと思います。物語は読者一人ひとりのものだと思っているので、感想は全然好き放題書いてくださいませ。

      ポストカード、大事にしていただけるとのことで、本当に本当に嬉しいです。
      ありがとうございます。

      Reply

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