影は冥く/風城国子智

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 

 崩れ果てた小屋の下に見えた、欠けの見えない小さな黒い塊を、静かに拾い上げる。震えるアキの唇を映すその円い塊を、アキはただただ見つめた。
 この塊は、政略結婚の一環として遠くの村に嫁ぐことになった姉の為に、アキ自身が作ったもの。鏃に使うものと同じ黒曜石を丹念に磨き、姉の美しい顔が映るようにした、もの。だが。今アキの手の中にある暗い面に映るのは、酷く腫れた目蓋を持つアキの顔だけ。狼の毛皮で作った外套で滑らかな面を何度拭っても、映るものは、変わらない。
 咆哮が、冷え冷えとした空間に響く。
 月の光を反射する凸凹の無い面に、アキの涙が大きな染みを作る。その涙で更に歪んだ、アキ自身の顔に、アキは涙を落とし続けた。

 

Auther : 風城国子智
Circle : WindingWind
Twitter : @sxisato

 

 

 


  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

  1. いぐあな より:

    政略結婚という言葉から、もしかしたら姉の嫁ぎ先と妹の村が戦うことになった結果かも、とも想像しました。
    荒々しい叫びが響き渡る様が浮かんでくるようです。

  2. 森村直也 より:

    丁寧な描写に月下の情景が浮かび上がってきます。
    黒曜石の鏡は映る物も黒っぽくなりますが……映し出される月光と現実の悲しいまでの鮮やかさを思いました。
    咆哮もまた……どこまでも響いたことでしょう。

    咆哮とアキの外套。政略結婚の言葉。
    300字の外の物語もしっかりあるのだろうと思わせる、切り取られた少しばかり悲しい作品でした。

いぐあな にコメントする コメントをキャンセル

*